奈良地方裁判所宇陀支部 昭和43年(ワ)107号 判決 1971年2月16日
原告
堀末子
ほか三名
被告
早川正
ほか一名
主文
原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
原告らは「被告らは各自原告堀末子に対し金二〇〇萬円、原告堀恭子、同堀千恵子、同堀明水に対し各金一〇〇萬円宛およびこれらに対するいずれも昭和四三年三月二一日より支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。」との判決ならびに仮執行の宣言を求めその請求の原因および被告らの主張に対する答弁として次のとおり述べた。
一、被告早川正は建設業を営むもので、小型三輪貨物自動車山六―一二一七七二号を所有し、業務上同車両を運行の用に供しているものであり、また被告田村美人は右被告早川正に雇われ右自動三輪車の運転業務に従事していたものである。
二、ところで訴外亡堀堯は小型乗用車山五―あ九九二七号を運転して昭和四三年三月二〇日午后六時頃岩国市麻里布町一丁目北通り藤正電業社前国道一八八号線において右折の合図をなしつつ一旦停止し、Uターンせんとしていたところ、被告田村美人は後方より前記自動三輪車を運転進行して来てその前部を右堀堯運転の乗用車の運転台に衝突せしめ、因つて同訴外人に顔面、頭蓋骨折等の傷害を負わせ、約二時間後に死亡するに至らせたものである。
三、右事故は被告田村美人の前方注視、安全運転義務違反または車両整備、安全運転義務違反等の重大な過失によるものである。本件事故は目撃者、スリツプ痕等なく、また被害者の死亡した事故で、事故直後の実況見分においても被告田村美人の一方的な説明によつて実施されており、真否の程は疑問なきにしもあらずである。そしてかりに被告田村美人の説明するところによるも、同被告の訴外亡堀堯運転の車の右折に気付いて後停車するまでの距離は、衝突時の反動による距離の短縮等を考慮外とするも、計三六・八メートルであり、これはたとえ当時の降雨によるスリツプを考慮しても同被告の当時の速度時速四〇キロメートル(本件現場は時速四〇キロメートルに制限されている場所である。)からすると非常に長いということになる。つまり、このことから考えられることは、当時(一)被告田村運転の車の制動装置が不完全であつたのではないか、(二)同車両のタイヤが摩滅していたのではないか、(三)同被告の当時の速度は時速四〇キロメートルをこえていて時速五二キロメートル位ではなかつたか、(四)同被告が制動をかけたと称する地点はさらに約一〇メートル位進した後の地点ではなかつたか、等ということであり、これらからすると同被告に前記の如き過失のあつたものとみるべきは明らかなものといえる。さらに本件事故の態様についてもその後の当公廷における証言等によると、訴外亡堀堯は広島方面より進行して国道二号線より国道一八八号線の分岐交差点を左折、中央線近くを岩国駅方面に進行していた際、被告田村美人が徳山方面より進行して来て国道二号線より国道一八八号線の分岐交差点を右折進行し、右訴外人の車の斜後方より同車に衝突したものとも認められるのであつて、そうだとすると同被告の過失はさらに大なるものがあるといえる。
かようにまず、被告田村美人はいずれにしても右過失責任者として民法七〇九条により本件事故により原告らの蒙つた損害を賠償すべき義務あるものというべく、また被告早川正は右加害車両の運行供用者として自賠法三条により同じく右賠償義務あるものといえる。
四、次に右事故により原告らの蒙つた損害であるが、これは以下の如くである。
(1) まず訴外亡堀堯の損害で同訴外人の死亡により原告堀末子がその三分の一、他の原告らが各九分の二宛各相続承継したもの
(イ) 逸失利益
訴外亡堀堯は大正一五年一月四日生の健康な男子で平均余命二九年一〇月、就労可能年数一一年、複式ホフマン係数一四・〇四にして、同人の死亡当時の年収は金六九萬六、九四二円であり、生活費等として年金一〇萬八、〇〇〇円を控除すると年純益は金五八萬八、九四二円となる。
そこでこれらをもとに逸失利益の綜現価を算定すると、
金八三〇萬六、四三七円
となる。
(ロ) 慰藉料
右の如く余命二九年一〇月のところを約二時間で、しかも苦痛の果て死亡したものであり、その苦痛は金銭に換算し難い程のものというべきであるが、これら諸般の事情を考慮し右慰藉料としては
金二〇〇萬円
とみるのが相当であると思料する。
右は合計で、金一、〇三〇萬六、四三七円となるが、原告ら各自は前記相続により
原告堀末子 金三四三萬五、四七九円
その余の原告ら 各金二二九萬〇、三一四円
となる。
(2) 原告堀末子自身の損害
左記は原告堀末子の支出にかかる同原告の損害である。
(イ) 葬儀費 金五萬円
(ロ) 墓石費 金一〇萬円
(ハ) 法要費 金三萬円
(ニ) 雑費 金二萬円
(ホ) 弁護士報酬 金二四萬円
右(イ)ないし(ホ)合計
金四四萬円
となる。
(3) 原告ら自身の各慰藉料
原告らは訴外亡堀堯とともに円満なる家庭を営んでいたもので、今後約三〇年間はこれを期待し得たのに瞬時にして夫および父を失い、その苦痛は金銭に換算し難い程というべきところ、右慰藉料としてはこれら諸般の事情を考慮し、原告堀末子については金二〇〇萬円、その他の原告らについては各金一〇〇萬円宛とみるのが相当と思料する。
そこで右損害合計は
原告堀末子につき 金五八七萬五、四七九円
その他の原告らにつき 各金三二九萬〇、三一四円
となる。
五、よつて、原告らは被告らに対し各自、右のうち
原告堀末子に対し 金二〇〇萬円
その余の原告らに対し 各金一〇〇萬円宛
およびこれらに対するいずれも本件事故発生の翌日である昭和四三年三月二一日より支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴に及んだ。
被告らは「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求め、答弁として、次のとおり述べた。
一、被告早川正が本件小型三輪貨物自動車を所有し、その運行供用者であること、被告田村美人が右被告早川の被傭者で右三輪車運転の業務に従事していたものであること、原告ら主張の日時場所で原告ら主張の如き(但し、訴外亡堀堯が「右折の合図をなしつつ一旦停止」とある点を除く)事故の発生したことは認めるが、その余の被告田村美人の過失、本件損害の額等についてはすべて争う。
二、本件事故は訴外亡堀堯の無謀なUターンにより生じたもので、被告らに損害賠償の義務はない。
本件事故発生現場は岩国駅前を通じ大竹、広島方面に通ずる国道一八八号線であるが本件事故発生の原因は右訴外堀堯が国道一八八号線左側に停車していてUターンすべく、国道中央に進出するに当り後方の注視を怠り、右折の合図もしないまま急に被告田村の進路に出て来たため、当時適正速度時速四〇キロメートルで進行していた同被告としてもどうすることもできず、同被告自動車前部を右訴外人の車両右側前部に衝突させ、因つて本件事故に至つたもので、信頼の原則からしても予測し難い不可抗力であり、同被告には何らの過失もないものというべきである。
三、なおかりに被告田村に何らかの過失があるとしても大方の過失は相手方にあるので、相当程度の過失相殺を主張する。〔証拠関係略〕
理由
昭和四三年三月二〇日午后六時頃岩国市麻里布町一丁目北通り藤正電業社前国道一八八号線上において、訴外堀堯運転の普通乗用自動車(タクシー、以下単に被害車ともいう)と被告田村美人運転の自動三輪車とが衝突し、そのため右訴外人が頭蓋骨折等の傷害を受けて間もなく死亡するに至つた事故の発生したことは当事者間に争のないところである。
しかしながら右事故の発生原由、特に被告田村美人の同過失の有無等については双方間に争があるので以下これらの点について考えてみることにする。
まず、本件事故のさらに具体的な内容、また同発生の態様であるが、〔証拠略〕、当裁判所の検証の結果等を綜合勘案すると、被告田村美人は本件事故発生の昭和四三年三月二〇日午后六時半頃前記自動三輪車を運転して時速約四〇キロメートルで岩国市麻里布町一丁目八番三三号先国道一八八号線(車道幅員一六メートルのアスフアルト舗装道路)を北進中、前方国道二号線とほぼ十字型に交差する同交差点近くに差しかかつた際、同交差点手前附近道路左側に、前記訴外堀堯運転の普通乗用自動車が一台北向きに停車しているのを認めたが、現に発進の様子でもなく、前方交差点の信号も青(進め)であつたため、他に交通を妨げる格別の事情もないまま、そのままその横を直進通過して右二号線を横断すべく、北方立石町方面に向い進行したところ、右被害車タクシーが急に発進進路を右に転じて自車前面に向いUターンをはじめたため、被告田村としても突嗟に急制動したがすでに間に合わずスリツプして右被害車右前ドアー附近に自車前部を激突させ、よつて間もなく右被害車運転手訴外堀堯を前記のとおり死亡するに至らせたものであること、なお当時右自動三輪車にはブレーキ、ハンドル等格別その構造上の欠陥、または機能上の障害はなかつたものとみられること等の事実が認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
そうだとすると右事実からして、あたかも本件事故は専ら被害車タクシーの急なUターンに起因するもので、被告田村美人としては全く避け難い結果ではなかつたのかというふうにもみられる。しかしなお問題点が多いので以下これらの点につきさらに検討を加えることとする。
一、いうまでもなく道路交通法は車両がUターン(転回)する場合につき、これは他の車両等の正常な交通を妨害するおそれのない場合に限るとしており(同法二五条の二<1>)また特にUターンについては、横断右折の場合と異なり、かりに中央移行のため右折の方向指示器を出していても、このため後続車が同合図をした車両の進行を妨げないようにしなければならないとするような規定(同法二五条<2>三四条<5>)もない。これらのことからすると一般に車両がUターンする場合はまず後続車の状況を確認すべきはもとよりであるが、かりに後続車がある場合にはまず同車に進路を譲るべくその後続車に殊更進路変更、減速等をさせてまで自車のUターンを完行し得べきものではないと解され、したがつて同後続車の接近までには優にその前面を通過しUターンを完行し得るものとみられるような場合に限り右Uターンを開始し得べく、なお、この場合かりにUターン車が予め右折の方向指示器を点滅させていても少くとも同Uターン車の立場からは右後続車との関係に何ら差異を生ぜしむべきものでないと解される。これはUターンということの車両交通全般における特殊性ということからも十分首肯し得るところである。ただ右後段の点はUターン(転回)も後続車等他の車両等に対する関係では横断右折の場合と区別し難いということから後続車には、右折等の場合と同様、同合図の尊重を予期すべきものとする立論が考えられる。しかしながらいずれにしても後続車がすでに通常の減速等では間に合わず、急制動でもしなければ衝突は避け難いとみられるような状況において、なおUターンを開始し得べきものと解すべきでないことは明らかなものといえる。本件の場合被害車がUターンに際し右折の合図をしたものかどうかという点は必しも明確でないが前掲各証拠によると少くとも被害車がUターン前に予め右折の合図をしたものとは認め難く、あるいはUターン開始とほぼ同時頃に右合図をしたのではないかということが考えられなくもないが、ともかく被告田村美人としては右Uターン開始を認めて直ちに急制動していることが明らかであるから、この点いずれにしても右結論に差異を生ぜしめないものといえる。
二、なお、さらに被害車の右Uターンに際し被告田村美人の側に前方不注視等がなかつたかという点であるが、同被告としては前認定のとおり被害車の停車、発進等を終始現認しており、その他前掲各証拠によるも同被告に格別前方不注視があつたものとも認められず、また前記急制動の点も、成程〔証拠略〕によると本件実況見分等の際被告田村がUターン開始を認めて後停車するまでに、時速四〇キロメートルでは計算上少し長すぎるとみられるような距離が同被告から指示されていて、あたかも同被告の制動措置があるいは遅れたのではないかと推測せしめられるような事実がうかがわれなくもないが、これも同被告が右距離につき当時そのように供述しているというにすぎず格別スリツプ痕等現場の物的痕跡に基づくものでないことはいうまでもない上、〔証拠略〕によるとこれを数字的に余り信用することの相当でないことが明らかで、なお前掲各証拠によると本件当時は降雨中でスリツプによる停車距離の伸びということも考えられるが、これらはともかく前認定のとおり被告田村が当時被害車のUターンを認めて直ちに急制動の措置をとつたものであることが明らかで、その他その制動措置に格別問題があつたものともみられない。
三、また次に考えられることは、前記のとおり被告田村美人が当時時速約四〇キロメートルの速度で進行していたことであるが、これにつきさらに減速して進行すべきではなかつたかという点である。成程〔証拠略〕によると本件道路は制限時速四〇キロメートルのところで交通量も必しも少くないところであり、しかも当時は降雨中で概してスリツプし易い状況にあつたということがうかがえるが、しかし他面右および前掲各証拠によると本件道路は車道幅員も可成りの広さ(四車線)で、柳井、岩国駅方面から国道二号線に通ずる主要幹線道路国道一八八号線であり、夜間でも街路灯等により可成り明るいところであつて、さらに前方国道二号線との交差点も常時信号による交通整理の行なわれているところで、前方左右の見とおしも悪くなく、しかも本件衝突地点は同交差点より約一〇メートル位手前であり、また本件事故発生当時同被告進路前方に特に車間隔等に配慮しなければならないような他の車両もなくその他格別危険とみられるような差し迫つた附近の状況もなかつたものとみられる訳であるから被告田村美人として単に前方道路左側に本件被害車が停車しているということだけで、かりに前記降雨によるスリツプし易い等の状況を考慮するとしても、なお、さらに前記速度以下まで減速徐行すべきであつたものとまでは解されない。
四、さらに次に被告田村美人が前記急制動の際同時に右または左のハンドル操作をなせばあるいは本件事故は避け得られたのではなかろうかという点であるが、本件の場合前掲各証拠に照らすとまず当時、同被告に突嗟に右急制動のほかさらにハンドル操作までなし得べき程の余裕があつたものともみられない上、かりにその余裕があつたとしても右各証拠からうかがえる当時の現場附近の状況等からすると同被告に同時に右ハンドル操作まで期待することは却つてあるいは対向車との衝突等危険な結果の発生も予想され、右操作を予期することは却つて相当でないと認められ、かように右の点についても結局同被告の責任を根拠づけることは困難であるとみられる。
五、なお最後に、被告田村美人の酒気帯び運転の点であるが、成程〔証拠略〕によると被告田村美人が本件事故当時酒気を帯び(呼気一リツトルにつき〇・二五ミリグラム)ていたことがうかがえる。しかしながらさらに〔証拠略〕によると同被告は本件事故当時すでに飲酒(焼酎三合)後五時間以上も経過しており、また本件事故直後の警察官作成の鑑識カードによるも当時外観、言語、動作等は全く正常もしくは普通とされ、ただ酒臭がわずかに感じられる程度にすぎないものとされていて、いずれにしても当時同被告がなおアルコールの影響により車両等の正常な運転ができないおそれがある程の状況にはなかつたものであることが明らかである。しかしなお道路交通法が何人も酔う程でなくても一般に酒気を帯びて車両等を運転してはならないとしている(同法六五条)点問題で、したがつて本件の場合、かりに被告田村美人が右法規に従い、自動車の運転をしていなかつたら本件事故は発生していなかつたのではなかろうかということが考えられる。確かにこの点、同被告の酒気を帯びて運転したことが本件事故発生と全く無関係であつたとはいえず、物理的に因果の関係にあること自体は否定できない。しかしながらたとえ酒気を帯びていても、なおアルコールの影響により正常な運転ができないというおそれもない者が車両等の運転をなす場合、勿論このため道路交通法違反とされることのあるのは格別、多少ともアルコールの影響にわざわいされて運転を誤つたという関係ではなく、これとは全く無関係に本件の如き通常予期し難い相手車の無謀運転に遭い本件の如き事故発生に至るべきことは、通常予見し難いことというべく、他に特段の事情もうかがえない本件の場合、所詮右酒気帯び運転も本件結果とは相当因果の関係にないものと解すべきが相当である。
そうだとすると、右各説示したところからして結局本件事故は訴外亡堀堯が前記Uターンをなすに当り後方の確認を怠つたか、または十分しなかつたため、その後続車である被告田村運転の自動三輪車の接近を看過、または見誤つたことに起因するものとみられ、被告田村美人には格別の過失も認め難く、また前認定のとおり本件加害車両にその構造上の欠陥または機能の障害があつたものとも認められない。
しからば所詮原告らの被告両名に対する本訴請求はさらにその余の点につき判断するまでもなく、すべて理由なきものというのほかなく、いずれもこれを棄却すべきものとし、よつて訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 渡辺伸平)